2025年3〜4月現在、『人間を考える「旅に学ぶ」』と題する5回シリーズが、NHKカルチャーラジオで放送されています。
第4回の講師は、「旅行新聞」編集長 増田剛さんでした。
旅学ゼミでは引き続き、ラジオを聴いてフリートークをしています。
放送概要
日本全国の旅行会社、ホテル、旅館、自治体などで読まれている業界紙「旅行新聞」の編集長・増田剛さんが登場します。社会の動向に翻弄される観光業界。これまでもコロナ禍、自然災害、スマホの普及そしてAIの台頭などの影響を受けてきました。「足で稼ぐ」を信条に記者として、時代の変化に向き合ってきた増田さんが、過去25年間をふり返りながら、人々が旅に求めるもの、そして豊かな人生をもたらす旅とは何かを語ります。
(番組サイトより引用)
人間を考える「旅に学ぶ」」(4)
「旅行新聞」編集長 増田剛さん

NHKカルチャーラジオ(日曜カルチャー)
ラジオ第2 毎週日曜 午後8時
初回放送日:2025年3月23日
聴き逃し配信:2025年5月18日 午後9:00配信終了
https://www.nhk.jp/p/rs/GPV3P86GMP/episode/re/14Y4Y12G8G/
『人間を考える「旅に学ぶ」』を語る会(4)
五郎:会社員。元・青年海外協力隊員。
halkof:当サイト運営者。ライター/旅学研究家。

今回は、旅行業界の動向の解説がメインでした。旅行や観光業にインパクトを与えた出来事が2000年頃から時系列で紹介されましたね。

ちょうど私が旅行業界メディアで働いていた時期と重なり、馴染みのある話題が多かったです。感染症の流行やリーマンショックによる打撃、「ビジット・ジャパン・キャンペーン」1など、よくニュースで扱っていました。

講演ではそうした出来事とともに、旅行者数の変化が示されました。データによると、1999年は海外渡航者数1600万人、訪日外客数が400万人であったのが、2019年には海外渡航者数2000万人、訪日外客数は3000万人を突破したとのことです。

ここでちょっと疑問なんですが、「近頃は海外に行かなくなった」とよく言われるけれど、海外渡航者数の変化を見ると、増えていたんですよね。

たしかに、コロナ禍前の2019年は20年前より増えていたようですね。

一方で、パスポート取得率は現在わずか17%とのこと。これは減っているのか? 減っているとしたらいつの時点と比べて減っているのか? もしパスポート取得率が減少している一方で海外渡航者数が増えているのであれば、リピーターが増えているのか? それは、旅行者の質が変化しているということか?と、データの読み方については、少し分析を要するのではないでしょうか。

データの解釈は気になりますね。日ごろ若者と接している人たちには肌感覚として、若者が旅に出ない、海外に興味がない、という実感があるようですが……まあ直近ではコロナ禍もあったとはいえ。

コロナ禍の影響を考えると、若いときに旅ができなかった世代は、大人になっても行かない可能性はあるかと。それに、たとえ旅行経験があったとしても、友達とワイワイして楽しかったというだけの旅行であれば、大人になっても同じような旅行しかしないかもしれません。

というと、「旅」と「旅行」の違い、「旅」と「観光」の違い、という論点になってきますね。

この講演シリーズではそのあたりは触れられていないので、まずは広義の旅としてふんわり考えておきましょう。つまり、自分が経験したことのない旅のスタイルに一歩踏み出すかどうか、です。逆にバックパッカーしか経験したことのない人であれば、第2回のお話にあったようなガイドツアーに参加してみるのも新鮮かもしれません。

旅のスタイルとしては、団体旅行から個人旅行へ変化してきたとのお話がありましたが、個人旅行の内容にもいろいろありますしね。いずれにしろ、学生時代にコロナ禍だった世代は、貴重な旅の機会を奪われてしまいましたよねえ。

今は、旅行を知らない人が旅行会社に就職している時代かもしれませんね。

そして就職してしまうと、旅行会社の人ですら休みが取れないんですよね。旅行を売っている本人は旅行に行けない。一時期、某旅行会社で働いていたんですけど、新卒で入った社員いわく、一年目に海外旅行をするため有給休暇を取ろうとしたら、有給を使うとはなにごとか! と怒られたそうです。有給は病欠に備えておくもので、海外旅行のためにまとまった休みを取ることは許されなかったんですって。

有給は一年目が一番取りやすいのに!

今回の講演でも、新聞記者として「現場体験」を重視していると述べられていましたが、意外に現場でのエピソードが少ないように感じて、そのあたりをもっと聞きたい思いもありました。

現場はたぶん、仕事柄、記者会見の会場などが多くなるのではないでしょうか? やっぱり旅行業界に勤めていても、会社員である以上は好きに旅行できるわけではないですよね。現場体験の重要性を考えるならば、もっと社員みずから自由な旅行体験を積む環境があっていいはず!

話は変わりますけど、そうして旅をして学ぶことがある一方で、旅をされる側、受け入れる側の学びもあるでしょう。インバウンドについては、この20年で400万人から3000万人以上へと大幅に増加したとのことでした。

私が旅行業界にいたとき、しきりに「ビジット・ジャパン・キャンペーン」がアピールされていましたが、今ではオーバーツーリズムが騒がれるほどになりましたね。けれど実は、訪日客は大都市に7割が集中し、地方には3割のみとのことです。

インバウンドでは、儲けることや外国人のマナー批判ばかりとやかく言うのではなくて、そこから学べることを考えるのが大切です。かつて田舎町では、地元民が日本語しか喋れないので外国人の受け入れが難しいとも言われていたものです。でも町にとっては、外国人が一人いるだけで刺激になることがある。マレビトが来ることの学びですね。ですから、もっと地方を訪ねてもらうために、空港から各地へ直行できる交通の整備を進めるとかどうでしょう。

たしかに地方への人の流れができて、交流型の旅ができるとよいでしょうね。ここで気をつけたいのは、観光で地域創生とか観光立国とかいいますけれど、観光業は水商売です。立国などといっても、観光には根を張れませんよ。ぬかるみには立てませんから。不安定な地盤に棹さしたところで、翻弄されるだけです。この20年だけでも、新型インフルエンザ、SARS、新型コロナ、アメリカ同時多発テロ、リーマンショック、震災、津波、台風……、観光はいったい何度落ち込んだでしょう。感染症や自然災害、政治経済の危機は、必ず生じます。そのたびに客足が途絶えたといって大騒ぎしているのが現状です。

パンデミックは5年に1度は起こりますからね。多くが呼吸器疾患で、人間の移動による接触で感染しますから、旅行者は制限されます。

そんな必ず落ちると分かっているものによりかかってはいけないでしょう。主要産業は別に確保し、観光はあくまで副次的な産業として考えるべきだと思います。

変化に応じて、観光業界のレジリエンス(回復力)も問われますね。たとえば災害に対しては、被災地を訪ねるダークツーリズムの例が挙げられていました。

変化といえば、インターネットによる航空券の直販や宿泊予約サイトが増え、だいぶ前から旅行会社の存在意義も議論されています。

旅行会社は必然的に淘汰されていくでしょうけれど、施設の貸し切りツアーなどは旅行会社に強みがあると思いますよ。

そうですね、それこそ「旅の学び」でいえば、スタディツアーの分野はもっと供給があっていいのでは。一人では難しい場所に専門家と行く現地発着ツアーとか。今後は、きめ細かいアレンジが可能なローカル旅行会社の需要が増すのではないでしょうか。

旅行会社の仕事は、キュレーション2に近づいていくのかもしれませんね。
- ビジット・ジャパン・キャンペーン:2003年に開始した、民官による訪日外国人旅行者の増加に向けた観光促進活動。 ↩︎
- キュレーション:特定のテーマに沿って情報を収集、選別、整理し、提示すること。美術館の学芸員による展示企画など。 ↩︎
レビューシート
五郎:
冒頭の自己紹介から、もともと旅行が好きで、旅行業界紙の仕事を選んだことが解りますね。
前半では、情報についてと、取材の現場主義を語っていました。
取材旅行のエピソード等も聴きたかった気がします。
後半は、旅行業界から見た、日本社会の25年間の振り返りでした。
海外旅行者数が2千万人を超えた時の話等も出たので、旅行者や旅行スタイルの変化についても、データに基づいて解説して欲しいところです。
終盤は旅行業界の現状とこれからについての概説で、インバウンドについても語られました。
「受入れる側の学び」「旅行される側の学び」というのも示唆に富むテーマかも知れません。
最後の部分では、敢えて自分の旅のスタイルから外れた旅をしてみる事も提案しています。
結論では、「旅にはいろいろな事を学ぶことができ、人生は多くを知ることで豊かになる。」とまとめられていました。
確かに、旅人のいない社会よりも、旅人のいる社会の方が、豊かな社会なのだと思います。
halkof:
「リモートで済ませるより、可能なかぎり現場に行って取材する」「記者は靴底を減らして足で稼ぐ」「フェイクニュースが横行する昨今、対面で信頼を培い、真摯な姿勢で記事を書く」という、新聞記者としての現場主義の姿勢を伺いました。
また、旅の学びについて、「人生はひとつでも多くのことを学ぶこと」「せっかく生まれたのだから、自分の町しか知らないよりも、隣りの町、地球の反対側まで知ること」「日本ではわからない感覚を海外へ旅することによって知ることができる」「その感覚を学ぶ機会がなければ、国際化の中でいずれ大きなトラブルになることもあるのでは」とのお話もありました。
旅を意味する「ジャーニー」は、「ジャーナリズム」と同根の言葉です。
旅とはすなわち一次情報を得ること。現場体験を伝えること。
旅人と記者は、同種の存在なのだと思います。
一方で、旅行業界の人ですらまともに休みが取れず、自分自身の旅ができないとは、カカオプランテーションの労働者がチョコレートを食べられないのと同様の構図を感じます。
観光産業は事件や災害にもめげず拡大を続けていますが、豊かさとは何か、とも考えてしまいました。
旅学ゼミ、今後も不定期開催です!