チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』から世界を見る

82年生まれ、キム・ジヨン 旅人文庫

こちらは旅行記や旅小説、地域や文化の理解に役立つ書物が並ぶ、旅の本棚です。
店主がおすすめの旅本をレビューしていきます。

今回は、いきなり「これ旅本?」と思われそうですが、韓国に行くなら、いや行かなくても、ぜひ読んでおきたい『82年生まれ、キム・ジヨン』を手に取ってみましょう。

 

著者:チョ・ナムジュ 翻訳:斎藤真理子
題:『82年生まれ、キム・ジヨン』
翻訳初版:筑摩書房 2018年(原著2016年)

 

 

簡単なあらすじはこちらでご確認ください↓(どちらも情報充実したページですよ)

筑摩書房 特設サイト

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これは私たちすべての物語である

 

日本にとって、かつて「近くて遠い国」といわれた韓国。それもいまや昔、韓流スターやK-POP、ファッションやインテリアなど、韓国カルチャーは日本の若者たちの身近にすっかり定着しました。韓国の本や映画も人気です。

『82年生まれ、キム・ジヨン』もそのひとつですが、こちらは華やさの反面にある韓国社会を知るにおいて、欠かせない一冊でしょう。韓国料理おいしい! 買い物が楽しい! という観光から一歩踏みこみ、生活者の目線で深部を垣間見せてくれる、旅本だといえます。

そして韓国だけでなく、日本の、いえ世界中の、女性の置かれた立場を考えるための重要な視点を教えてくれます。

女性の眼を通して歴史や文化を見てみると、その土地の印象はずいぶん変わってくるのではないでしょうか。

 

 

『82年生まれ、キム・ジヨン』は、韓国の典型的な女性の半生を描くことで、ジェンダー格差の問題を提起した小説です。小説とはいえ、あまりにリアルで等身大の姿は、もはやノンフィクションといってもいいほどの完成度。「キム・ジヨン」は韓国ではごく一般的な名前で、82年生まれの女性で最も多かったことから主人公の名に採用されたそうです。女性読者の多くが「これは私の物語だ」と涙するといいます。

そう感じるのは、韓国内の女性にかぎったことではないでしょう。

かくいう私自身も泣きました。この本に書かれている内容は、ほとんどすべて私の身の上に起こったことと同じでした。ときおり、「やっぱり韓国は日本より大変なんだな、さすがに私にはそこまでひどいことはなかっ……あ、待てよ、ある! あるわー!!」と、記憶の奥底の封印が次々解かれてしまいました。そのため何度も本を閉じては立ちどまり、呼吸を整えなければなりませんでした。私の体験を書いただけでも、この本一冊分くらいにはなるでしょう。これは、まったく平凡な、どこにでもいるような女のお話なのです。

物語の一部に、盗撮事件のエピソードが出てきます。私は「まあこれは小説だから。そんな犯罪は、現実ではめったになかろう……」と思いながら読んでいました。しかし、東京・池袋駅のトイレに盗撮カメラが仕掛けられていたというニュースを目にしたのは、ちょうどその翌日でした。そのタイミングに驚く一方で、実はそんなニュースが普段なら気にもとめないほど慣れっこになっていた、という事実に気づいて愕然しました。

小説の筋は、ちょっとしたミステリー要素を入れながら、主人公を診察する精神科医の立場で語られていきます。

ラストにぞっとします……。

↑映画もあります。(出演:チョン・ユミ、コン・ユ)
こちらはだいぶ改編されて、映画独自のストーリーになっています。
希望と願望と忖度込みのファミリードラマ仕立てで、口あたりは比較的マイルドに。
映画は映画で良いのですが、やはりまずは原作をそのまま味わっていただきたい……!

韓国と日本の状況は、儒教的な男尊女卑の伝統が共通するからでしょうか、非常によく似ているようです。
現代日本の都会では女性の自立が進んでいる面もありますし、この本を読んでも他人事だと思える幸運な女性もいるかもしれません。しかし地域や世代によってはこの小説とほとんど同じ男女差別が当然のようにあり得ますし、不平等な制度はいまだ根強く残っています。

なにしろ東京の医大や都立高でも、入試での性差別という言語道断な行為さえ、まかり通ってきたのです。

違いといえば、日本に比べると韓国の女性たちの方が、より堂々と声をあげ、正直に感情を表しているのではないでしょうか。解説の伊東順子氏は次のように述べています。

しかし、私にはこの小説の中で奮闘する女性たちがまぶしくてたまらない。わずか三十年前には女だという理由で生まれることも許されなかった子がいた国で、今、女性たちは自分の意見をはっきりと主張し、不条理な社会と向き合っている。

伊東順子 解説 in チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』P.184

 

ちょうどこの解説を書きはじめた頃、東京医大での入試差別事件(男子学生だけに一律加点したというもの)が発覚し、日本の女性たちの多くが足元が崩れ落ちるようなショックを受けた。怒りと情けなさの中で思ったのは、韓国なら即時に二万人の集会が開かれているだろうということだ。

伊東順子 解説 in チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』P.184

 

伊東氏は次のようにも記しています。

韓国で四半世紀を暮らしながら、この国の良い所も悪い所も見てきた。その中で、こと子育て中の母親に関しては、韓国の人々の方が圧倒的に優しいと思ってきたからだ。私自身の子育て経験でも実感したし、日本から来た友人たちも異口同音にそう言っていた。

伊東順子 解説 in チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』P.174

 

日本の現状は、もしかすると韓国より閉塞感があるのかもしれません……。

 

 

しかし、男性読者からの「この本を読んで自分には想像もつかなかったことを知れた」「むしろ男性が読むべき本だ」「夫や彼氏には、まずこの本を渡して読ませてほしい」といった反応は心強い希望です。

著者チョ・ナムジュは、この本が大ヒットした背景に、

 

「進歩的な考えを持つ男性たちが、この問題は男性が知らなくてはいけないと考えて読んだ」

(略)

特に娘を持つ父親から「自分が生きてくる中では全然気づいていなかったが、娘が同じ経験をしてはかわいそうだから、そうならないために私たちが何をすればいいのか考えるようになった」という声を聞く

斎藤真理子「訳者あとがき」 in チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』P.187-188

という要因を挙げているそうです。

また、男女問わず政治家には読んでもらいたいものです。

著者自身はこの作品をフェミニズム小説として認識しているようですが、それは女性が読むための小説という意味ではありません。社会全体の成り立ちに関わることですから、社会小説といったほうがよいのではないかと思います。

ジェンダーを理解する上で、そして豊かさとは何か、持続可能な社会とは何かを探る過程においても、間違いなく歴史に残る作品でしょう。
韓国はもちろん、どこを旅するにしても、必読だと思います。

 

ジブリ映画『もののけ姫』に、「いい村は女が元気だ」という台詞があります。

「女性」というテーマで歩き、見て、聞いたなら、世界はどんな姿をしているでしょうか。

 

 

ぜひ読んでみてくださいね↓

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