東京都渋谷公園通りギャラリーで開催中のアール・ブリュット2021特別展「アンフレームド 創造は無限を羽ばたいてゆく」(2021年9月26日終了)を訪ねました。
アール・ブリュットとは、正規の美術教育を受けていない人々による、内側から自然と燃え上がるような独創的な表現を指す概念。その驚くべきエネルギー、発想、色遣い、緻密さ、大胆さは見る者を圧倒してやみません。
同展覧会では、渋谷のど真ん中で濃密な時間を過ごすことができました。その一端をご紹介しましょう。
アール・ブリュットとは
アール・ブリュット(Art Brut)とは、フランス語でアールが「芸術」、ブリュットが「あるがままの」という意味で、日本語では「生(き)の芸術」と訳されています。1945年に画家ジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet 1901-1985)が提唱した言葉です。
もともとは精神障害や知的障害、神経症などがある人々の作品が対象とされていました。現在ではより広く、自分の衝動を昇華するためだけに自宅でひそかに創作を続けているような人々も含めて、従来の美術教育とは無縁の文脈で生まれてきた芸術に光をあてる用語となっています。英語では「アウトサイダー・アート」と呼ばれることもあります。
私が初めてアール・ブリュットに出会ったのは2008年、友人にすすめられて行った、ある展覧会でした。アール・ブリュットも何も知らなかったのですが、作品が発する驚異の生命力に、それまで見たどの展覧会よりも強い衝撃を受けたのを憶えています。
東京都渋谷公園通りギャラリーとアール・ブリュット展
東京都渋谷公園通りギャラリーは、「東京におけるアール・ブリュット等の振興の拠点」(※1)として、2020年2月にオープンしました。ギャラリーのコンセプトは、「アートを通してダイバーシティの理解促進や包容力のある共生社会の実現に寄与する」(※2)こと。場所は渋谷の中心部、パルコや東急ハンズの斜向いにある、渋谷区立勤労福祉会館という渋めの建物の1階です。
同ギャラリーでは、2020年にもアール・ブリュット特別展「満天の星に、創造の原石たちも輝く -カワル ガワル ヒロガル セカイ-」が開催されました。こちらも鑑賞しましたが、国内外18名による作品群は、まさに圧巻の一言。目眩がするほどの世界観に惹き込まれ、渋谷の街の時が止まったかのように感じました。
今年は11名による作品が展示されており、昨年とはまた別の作家を新たに知ることができました。
アール・ブリュット2021特別展
「アンフレームド 創造は無限を羽ばたいてゆく」
URL :https://inclusion-art.jp/archive/exhibition/2021/20210717-88.html
◆概要
会期:2021年7月17日 (土) 〜 2021年9月26日 (日)
閉館日:7月19日/8月10、16、23日/9月6、13、21日
会場:【第4会場】東京都渋谷公園通りギャラリー 展示室1、2
開館時間:11時~19時
入場料:無料
◆ 出展作家
阿山隆之、香川定之、門山幸順、マッジ・ギル、齋藤勝利、佐藤朱美、フランソワ・ジョービオン、清野ミナ、レオンハルト・フィンク、藤田雄、与那覇俊 ※五十音順
◆カワル角度案内人
伊藤詩織(ジャーナリスト、ドキュメンタリー映像作家)、土井善晴(料理研究家)
作品紹介
アール・ブリュット2021特別展から、撮影・掲載OKという作品の一部をご覧いただきましょう。
作・佐藤朱美さん SATO Akemi
作・与那覇俊さん YONAHA Shun
作・阿山隆之さん AYAMA Takayuki
作・清野ミナさん SEINO Mina
鮮やかな色もオーラもユーモアも、Webでは伝えきれません!
ぜひ他の作品とともに、実物を前に、お好きな細部までじっくりお楽しみあれ。
アール・ブリュットの輝き
芸術と芸術でないもの。
専門と専門でないもの。
正統と正統でないもの。
障害と障害でないもの。
作品を観ていると、そんな境界など幻想だと認識をくつがえされます。
「アンフレームド」という展覧会のタイトルが示すように、本来「アール・ブリュット」という枠組みすら無意味なのでしょう。
人間はなぜ表現するのか。
それは、表現したい、せずにはいられない、根源的な必然があるからです。
教育や障害の有無を超えて、本当は誰もが芸術家なのかもしれません。
芸術家(アーティスト)とは、職業というより、生き方なのでしょう。
太古の洞窟に描かれた壁画や、土偶、曼荼羅、あるいは電話で話しながら手元のメモ用紙にぐりぐりと描きつけた意味のない線まで、人は芸術と意識せずとも、生きる中であらゆる表現を営んできました。
それは魂の祈り・癒やし・遊びです。
アール・ブリュット作品によく見られる反復、細密、爆発といった特徴は、そんな人間の精神構造を眼の前に突き出してくれるようで、究極に個人的でありながら、人類共通の深い記憶、原始の感覚に響きます。
時代や思想に調教された洗練と対極にある、原石の魅力です。
また、こうした作品に惹きつけられる一因には、権威や既成の評価軸、資本主義の論理と関わりのない産物に触れる安らぎがあるのかもしれません。
アール・ブリュットの創造には、どこの大学を出たとか、どの先生についたとか、どんな賞を受賞したとかは関係ありません。
基本的に芸術を商売にしようという動機がないため、値段や知名度、フォロワー数、再生数、需要などに惑わされることもないでしょう。
一部の批評家たちによって持ち上げられたとたん何億ともなる金銭的価値をもって順位付けられるアート界をよそに、ただ蜂が花の蜜を吸うように、鳥が歌うように、色や形や感触に没頭する、そのこと自体が目的なのです。
芸術がお金を動かす商品になる以前の、素朴な歓びです。
売れるとか有名になるといった実利的意図と離れた、あくまで表現のための表現であることに、こんな時代は特に、ほっとするのかもしれません。
かつて民衆の身近にあった生活道具は、柳宗悦に「民藝」として美を見出された結果、べらぼうな値段で取引されるアート商品に変貌してしまいました。
アール・ブリュットもまた、この先ブランド化されて言葉だけが一人歩きしたり、資本主義社会に取り込まれて妙に値を釣り上げていかれたりしないように、私はそっと願っています。
ありがたいことに、この素晴らしい展覧会は誰もに無料で開かれています。
また幸い行列なしに、ゆっくり鑑賞することができました。
今ならば、陽の光や波しぶきのように、万人が親しめる「生の芸術」です。
歌手のコムアイさんによる音声ガイドも無料で借りられますよ。