「スペイン語でつながる子どもの本 −スペインと中南米から」展

ミュージアム巡り

スペイン語の子どもの本は、日本語や英語やほかの言語の子どもの本と何か違いがあるでしょうか? スペイン語圏ではどんな本が読まれているのでしょうか?
そんな興味から、東京・上野の国際子ども図書館で開催されている「スペイン語でつながる子どもの本 −スペインと中南米から」展を訪ねました。

会期:2022年10月4日〜12月25日
場所:国際子ども図書館3階 本のミュージアム
時間:9:30-17:00
休館日:月・祝・日・第3水
入場料:無料
URL:https://www.kodomo.go.jp/event/exhibition/tenji2022-03.html

講演「スペインと中南米の子どもの本―この100年の変遷と今―
宇野和美氏(スペイン語翻訳家)
※動画配信:2022年12月25日まで
こちらの講演がたいへん勉強になりました。

スペイン語の児童文学の魅力とは

上野公園を散歩がてら、国際子ども図書館へ

児童文学といえば、英国では19世紀頃から『不思議の国のアリス』(1865年)や『ピーターラビットのおはなし』(1902年)、『くまのプーさん』(1926年)などの名作が次々と誕生し、日本でも親しまれてきたと思います。北欧ならアンデルセンやリンドグレーンの作品が馴染み深いもの。日本国内では「赤い鳥」文庫や新美南吉、宮沢賢治などが戦前から児童文学を手がけていました。しかし日本や多くの国々で、出版ジャンルとして本格的に立ち上がってきたのは、近現代のことかもしれません。これは、いわゆる「子どもの発見」が浸透したためや、二度の大戦を終えてようやく社会に余裕ができたためでしょうか。

スペインや中南米で児童書の出版が増え始めたのは、1980年代以降のことだそうです。スペインでは内戦(1936〜1939年)の影響が大きかったといいます。中南米では貧困や政情不安も続いてきました。しかし実は、国際的な作家が多数輩出されているようなのです。私にとってはすべて今回初耳の物語でした。スペイン語の児童書作品って、日本ではあまり知られていない気がするのはなぜでしょうね。実際に展示を見てみると、子どもの喜びや切なさ、心をつかむ物語は、国や言葉を問わず同じなのだと感じました。

さっそく、とてもかわいらしくて楽しい絵本がありましたよ。1、2歳くらいの子から喜ばれそう。「せん」にこだわる自閉症の男の子との出会いから誕生した作品だそうです。↓

『いっぽんのせんとマヌエル』マリア・ホセ・フェラーダ(文)、パトリシオ・メナ(絵) *チリ

 

ほかにも面白そうな作品が翻訳されています。↓

 

『めがねっこマノリート』エリビラ・リンド(文)、エミリオ・ウルベルアーガ(絵) *スペイン

 

『ビクトルの新聞記者大作戦」ジョルディ・シエラ・イ・ファブラ(文)、ヒロナガシンイチ(絵) *スペイン

 
『最果てのサーガ』リリアナ・ボドック(文) *アルゼンチン

 

個人的に気になったのは、スペインのホセ・マリア・サンチェス-シルバによる児童書です。説明には「孤児院を転々とするなど、厳しい子ども時代を過ごし」「人生のすばらしさを描いた作品を数多く手がけ」たとあります。展示された『ろばのノン』のやわらかな文章を見ると、小さいころ何よりも本の世界が大好きだった感覚がふわりとよみがえりました。ああ、ずっとこんな本を読んでいたい、と思わされます。

サンチェス-シルバはスペイン児童文学で「先駆的な役割」を果たしたそうですが、残念ながら私の地元の図書館には所蔵がなく、書店でも取り扱いなし。しかし、『汚れなき悪戯』(1952年)は1955年に映画化されています。『さよならホセフィーナ』(1961年)は『くじらのホセフィーナ』として、1979年に日本でアニメ化もされていました。

 

 

また、絵柄で注目したのは、スペインの絵本作家マヌエル・マルソルによる『エイハブ船長と白いクジラ』です。大きなクジラと夢のような海が描きこまれた豊かな絵に惹かれます。メルヴィルの『白鯨』を元にした作品だそう。美しい大型絵本で、贈り物にも良さそうでした。

 


Ahab y la ballena blanca / Ahab and the white whale

こちらで中身が少し見られるようです↓

『エイハブ船長と白いクジラ』

 

南米の作品では、先住民の言語による絵本に示唆を受けました。たとえばナワトル語の単語の隣にその絵が描かれた絵本や、グアラニー語・スペイン語・英語の3言語が併記された絵本もあります。南米ではそのほかオトミ語、ケチュア語などの話者が今も多いそうです。一方では、もう話者がいなくなってしまった言語もあるとか。日本でもアイヌ語併記の絵本が出版されていますが、現在では話者は少数。これら南米の先住民言語の絵本は、アイヌ語やその他の言語を含む未来への希望となるのではないでしょうか。

大人の女性に人気が出そうなおしゃれな本

昨今の日本の潮流にも合い、人気爆発してもおかしくないと思ったのがスペインの絵本画家、エレナ・オドリオソラ(オドリオゾーラ)の作品です。静かな愛らしさをたたえたデザイン性の高い作風は、洗練された大人の女性に好まれそう。北欧インテリアや無垢家具のお部屋、雑貨のセレクトショップなどの棚に飾ったら似合うでしょう。雑誌でいえば『KIINFOLK』や『&Premium』に載るような雰囲気です。

 


天のおくりもの

グスターボ・マルティン=ガルソ (文)、エレナ・オドリオゾーラ(絵)

 

『EN EL BOSQUE』という作品はカードを並べかえるようにして絵を見る仕様で、こちらのサイトにそのユニークな体裁が見られる動画がありました。↓

https://urdimbrediciones.com/en-el-bosque/

こちらは画像↓
https://librosdelzorrorojo.com/catalogo/en-el-bosque/

 

オドリオソラさんは、英米の出版社はうるさい注文をつけてきて望む本づくりをさせてくれないのでもう一緒に仕事をしたくない、と語っているそう。ご自身で出版レーベルをつくって創作活動をされているとか。頼もしい気概です。本は売りやすければいいものではないし、絵本は子どもだけのものじゃない。芸術表現としての絵本の質を追究されている作家ではないかと感じました。

なぜ児童書の出版や翻訳は国が偏っているのか

前述の翻訳家・宇野和美さんによる講演で特に印象的だったお話が、本と平和の関係でした。
世界には数え切れないほどの言語があり、国があり、子どもたちが暮らしています。にもかかわらず、子どもの本が出版されている地域には偏りがあるといいます。紛争や独裁政権による検閲があると、自由に出版活動ができないためです。私もつねづね、日本で出版される本はどうも日本語や英語、仏語、独語あたりの出自に偏りがちだと案じていました。特に子どもの本の出版は、平和で安定した社会が前提になるということです。

また、中南米の子どもの本は、貧困や暴力などの問題を扱っているのも特徴だそう。こうしたテーマは日本の子どもたちには共感されにくいため、あまり翻訳出版に至らないようです。けれども、分からないからといって知らなくていいとはいえません。読んでつらい本は子どもたちに勧めにくいものですが、宇野さんは南米の編集者に「これが私たちの現実だから」と告げられたそうです。

日本で出版され書店に並ぶ本はどうしても、「売れる」本、「受け」がいい本に偏る事情があり、本が「消費」対象となってしまう、しかし受けや消費だけではなく関心を呼び起こす本も大切だ、と宇野さんは語っています。たしかに、厳しいテーマの本、読んだときにはわからない本であっても、きっと心のどこかに何かを残すはず。出版社や書店とは、「売れる」「売れない」の基準だけではなく、良心が求められる存在なのだと思います。

紹介されていた以下の絵本を図書室で読んでみました。子どもの目で純粋に美しい絵やストーリーを楽しめて、しかも大人の目で見ると考えることができる、じつに素晴らしい作品でした。↓


『道はみんなのもの』クルーサ (文)、モニカ・ドペルト (絵) *ベネズエラ

 

『しあわせなときの地図』フラン・ヌニョ(文)、ズザンナ・セレイ(絵) *スペイン

 

ぜひプレゼントで贈りたいですし、自分用にも欲しいと思いました。

世界中の子どもたちが、多様な国の多様なテーマの本に触れられるようになればと願います。

ラテンアメリカの文学を知りたい

ところで考えてみると、児童書どころか、そもそもスペイン語の文学といって私の頭に浮かぶのは『ドン・キホーテ』くらいかもしれません。

1960年代頃には世界的にラテンアメリカ文学ブームがあったと聞きます。1959年のキューバ革命から1969年のウッドストックへと向かう激動の時代ですから、個人的にはその時代のブームという点で強い関心をそそります。しかも南米は近年、反アメリカ合衆国の左派大陸として隆盛なため、その思想や背景を探る上でも、ラテンアメリカ文学は以前から読んでみたいと思っていたのでした。もっとも、ラテンアメリカの文学者は必ずしも左派ではないようですが。おそらく南米で文学に身を投じる余裕がある人は、往々にして富裕層だからなのではないかと勝手に推測しています。

ラテンアメリカ文学についてはいまだ寡聞にして存じませんが、明るく陽気なアミーゴ的なノリとは打って変わり、ガルシア=マルケスボルヘスバルガス=リョサなど先住民文化の精神性に影響を受けた、陰影ある幻想文学が多いイメージです。文学をやる人に影があるのは万国共通なのでしょうか。中でも南米発のマジック・リアリズムと呼ぶ現実と非現実の境がわからない不思議な作風には、煙に巻かれるような気がします。

いつもおもしろいと思うのは、すごい想像力だというのがわたしの作品への最大の賛辞になっていることだ。だって、真実はというと、現実に根ざしていない事柄はただの一行もわたしの作品にはないんだから。問題は、カリブの現実はとんでもなくワイルドな想像力にそっくりだってことだ。 

by ガブリエル・ガルシア=マルケス

青山南(編訳)『作家はどうやって小説を書くのか、たっぷり聞いてみよう! (パリ・レヴュー・インタヴュー II)

 

なお、南米出身の作家がスペインに移住したり、その逆であったり、スペイン語圏内で出身国とは別の国で活動することは、珍しくないそうです。同じスペイン語というつながりにより、国境をほとんど意識せず行き来する感覚があるとのこと。言語は植民地支配という負の歴史による遺産でもありますが、言葉のためにラテンアメリカとスペインには国を超えた大きな連帯感があるようですね。

私の友人である旅人が言っていました、南米に行ってごらん、世界共通語は英語だなんて認識は変わるよ、と。

国際子ども図書館の建築美も堪能

国際子ども図書館は、荘厳な建物自体も大きな見どころのひとつです。レトロ建築好きにはたまりません。明治39年に帝国図書館として建てられたルネッサンス様式の洋館で、外観には麗しい煉瓦があしらわれています。2022年12月現在はあいにく外側を工事中ですが、通常は毎週金・土の夜、21時までライトアップされています。

建物の詳しい紹介はこちらの公式サイトに↓
https://www.kodomo.go.jp/about/building/institution.html

国際こども図書館ホール
国際子ども図書館とびら
国際子ども図書館天井
国際子ども図書館階段

3階「本のミュージアム」の天井も見事ですので、ぜひ見上げてみてください。なお、展示会場では本がショーケースの中にあり、手にとってみることはできませんが、そのうちのいくつかは1階の図書室で自由に閲覧可能でした。

館内にはカフェテリアもあります。ここはけっこう穴場ではないかと。休日ともなると混み合う上野公園周辺において、並ばず入って座れるのです。

国際子ども図書館カフェテリア
ホットコーヒー270円なり(2022年12月現在)
テラス席もあります

「本のミュージアム」も落ち着いた空間ですので、上野界隈で静けさをお求めの方には過ごしやすいかと。入場無料ですしね。今回の展示、私は3回行きましたよ。

それでは、今後もスペイン語圏の児童文学に期待していましょう。

ビバ・エル・エスパニョール! アディオース!

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