旅に便利な万能ソープ「ドクターブロナー」のラベルには、創業者エマニュエル・ブロナーの想いがびっしりと書き連ねてあります。
しかし、すべて読んだ人はどれほどいるでしょうか?
私も長年使ってきたわりに、ちゃんと読んだことはなかったのです。
ラベルの日本語全訳がないか検索してみましたが、これが案外見つからない。
そこで、旅グッズとして紹介するにあたり、自分で読んでおくことにしました。
おそらく地球に優しい云々の説明だろうと思い込んでいたのですが……、実は、予想を超えた衝撃の内容でした。
個人的には驚きつつも、納得といえば納得。
下記に共有してみましょう。
マジックソープの品質とコンセプト
ドクターブロナー製品のラベルは何種類かあり、生産時期や品物などによって少し異なるようです。
今回参照したのは、手元にある「マジックソープ アールグレイ237ml 2023 」のボトル。
ラベルの正面には想定どおり、オーガニックオイル使用、フェアトレード認証、100%リサイクルのプラスチックボトル、といった言葉が並んでいます。
原材料は添加物が少なく、安心の構成ですね。
すきまを縫うように、「界面活性剤なし」「発泡剤なし」「生物分解性!」の文字も見えます。
ちょっと面白いのは注意事項に、「石鹸を飲まないでください!」と書いてあること。
飲む人いるのか……。
左サイドには、「たった2つのコスメをお楽しみください、充分な睡眠と、体・心・魂・精神を清めてたちまちひとつに結びつけるドクターブロナーのマジックソープです!」として、フェイシャルパックや地肌ケアの方法が案内されています。
お湯に数滴たらしてタオルをしぼり、顔や頭、体にのせて指でマッサージ。心臓に向かって揉んでいき、きれいなお湯のタオルで拭いて再びマッサージ、最後は深呼吸、と。
香りが良いソープなので気持ち良さそうです。
小さな字でストレートな宣言もありました。
IN ALL WE DO, LET US BE
generous, fair & loving to Spaceship
Earth and all its inhabitants, For
we’ re ALL-ONE OR NONE! ALL-ONE!(私たちが行うすべてにおいて、
宇宙船地球号とその乗組員にとって
寛大で、公正で、愛に満ちていられますように
私たちはみんなひとつ、または無! みんなひとつ!)
ラベルの上部はこちら。
Absolute cleanliness is Godliness! Teach the Moral ABC that unites all mankind free, instantly 6 billion strong & we’re All-One. “Listen Children Eternal Father Eternally One!”
(絶対的な清潔さは神性です! 人類を自由に結びつけ、ただちに60億人を強くして、私たちみんなをひとつにするモラルのABCを伝えましょう。「お聞きなさい子どもたちよ、永遠なる父は、永遠にひとつです!」)
永遠なる父?
ん……?
ラベルの右サイドはこちら。
ひとつのソープを18の用途でお楽しみください! ひげ剃り、シャンプー、シャワー、お風呂、掃除、洗濯、油落とし!ドクターブロナーのピュア・カスティールソープは、体にも、家庭にも、宇宙船地球号にも最適です! 合成保存料? 界面活性剤? 発泡剤? 使っていません! 健康は私たちの最も素晴らしい富です! 体、心、魂、精神を刺激するために体を洗うことを楽しみましょう、そして、よき羊飼いたる天文学者、イスラエルの偉大なAll-One-Godの信念において、すべてを自由につなげるモラルABCの基本を伝えましょう!
イスラエル?
God……?
E.ブロナー氏が伝えたかったこと
いいかげんな翻訳で恐縮です。
誤訳にお気づきでしたらご指摘お願いします。
さらに、第一条から始まる文章があります。読みやすいように、訳文では改行を入れています。
第一:もし私が私のためにいないとしたら、私は誰? 誰でもない!
第二:でも、もし私が私のためだけにいるとしたら、私は何? 何でもない!
第三:もし今でないとしたら、いつ???!!! もうひとつ、建設的で利己的な私がまず私を完璧にするために一生懸命働かないかぎり、私を完璧にするのにまったく何も役立ちません! 例外はなし!
第四:一生懸命働くこと(神の法)だけが私たちを救うでしょう、でももし私たちが自分たちの一族だけに教えるのであれば、結局私たちはみんな嫌われるでしょう! だからヒレル(※訳注:紀元前後のユダヤ教法律学者)はイエスに教えたのです、私たちは友にも敵にも、すべての人類に伝えなければならない、すべての真実を、一生懸命働くことを、自由な発言を、モラルABCの「すべてはひとつとする神の信仰(All-One-God-Faith)」を広めて利益を分配することを。すべての人類の連帯のために! 私たちはみんなひとつ、でなければ無! 最初の年から6000年の間、よき羊飼いたる天文学者アブラハムとイスラエルが教えたように。「お聞きなさい子どもたちよ、永遠なる父は永遠にひとつ!」永遠の例外? なし! まったくなし!
第五:人類を連帯するものは何であれ、分断するものより良いのです! しかしもし、完全に非利己的な自分が私のためでないとしたら、私は階級のない、人種のない、飢えた大衆、奴隷でしかなく、決して自由でも勇敢でもないのです! 極寒のフクロウや、ペンギンや、パイロットや、猫、ツバメ、ビーバー、蜂のように、建設的で利己的な私がまず自分を完璧にするために一生懸命働いた場合にのみ、本物のラビ・ヒレルがイエスにすべての人類が自由に連帯することを教えたように、私はモラルABCの「すべてはひとつとする神の信仰」を教えることができるのです。
ずいぶんと「!」が多いですね。「今でないとしたら、いつ???!!!」って。
ナチュラルコスメには珍しいテンションです。
そしてイエスやアブラハムが出てきました。
条項はラベルの下部に続きますが、なぜか第六、八、九が抜けています。
デザイン上のスペースの問題でしょうか。
第七:それぞれのツバメは、完璧な案内人、供給者、建設者、トレーナー、教育者、そして仲間を愛する者として、一生懸命働いています。半分が真実の憎しみなどありません! 友よ、勇気と笑顔を持ちましょう。今後10年を考えて行動しましょう! 欠陥のない人間を見つける? そんな人は死んでいます! 一度にひとつのことをしましょう、懸命に働きましょう! 成し遂げましょう! そして友と敵に働き方と愛し方と、人類が自由に連帯する方法を伝えましょう! ひとつに連帯して! すべてはひとつ! 笑顔で世界に向き合いましょう、人生はいつだって生きるに値します! 恐れのないものに宝石が与えられます、過去から離れましょう、失望は長続きしません! 人類の連帯を助けましょう、でなければ私たちはさまよえる愚か者です! 繰り返しが知識への鍵です! だから、「All-One」の連帯に協力しましょう!!!
第十:私たちが完璧なアダムとイヴから罪深い罪人へ、兄弟の番人へ、分断された奴隷へと堕落しないことを神に感謝します! 神様ありがとう! 団結して武装した、愛すべき、勤勉な、訓練された勇者よ、塵の中から我々は立ち上がる! それを神に感謝しましょう! 私たちのモラルABCにおける兄弟の師、石工、テントとサンダルメーカーのヒレルは、大工のイエスにすべて人類が自由に連帯することを教えました! それとともに、すべての人間は、影響され、育成され、訓練され、熟練され、鍛錬され、光のように導かれ、新たな誕生によって、連帯して進化することができます! そうでなければ、私たちは神の宇宙船地球号を破壊してしまいます。アクナサン(※訳注:エジプトのファラオ)、ブッダ、孔子、モーセ、ヒレル、イエス、ムハンマドは、76年ごとに神の法の使者であるハレー彗星によってインスピレーションを受けて伝えている、火、霧、惑星、水晶、細胞、クラゲ、恐竜、穴居人が住む洞窟を! そして、労働・愛・歌・芸術・遊び・法律・美の感覚、芝生から振り返った顔! もちろん、それはすべてをつつみこむ、常に存在する、永遠に偉大で、つねに愛すべきひとつの神に導かれた、建設的な進化です!
住所の隣も耳なし芳一のお経のごとく埋まっています。
いつもさらなる真実、さらなる光のために働き、探索すること。いつも、善良で正しいと思うことのために闘い、発言すること。私たちは、働き、歌い、踊り、愛し、前進し続けるでしょう! 私たちは日々、神の法に生き、発言の自由を勝ち取ります! 私たちの真実なる唯一の神とともに、すべてをひとつにつなげるため、結集して高めていきます!
と、こんな具合でした。
ざっくりした翻訳で意味がわからない箇所があったかと思います。私にもわかりません。
それでもエマニュエル・ブロナー氏の熱量と方向性は、なんとなく感じられたでしょうか。
リアクションと購買行動の選択
禅寺では滝行で心身を清め、掃除や料理など日常生活も修行としますが、ブロナー氏も体を洗うことで神性を高めていたのでしょうか。
意識高い自己啓発セミナーか、カルト宗教か?
後ずさりする方も多いとお察しします。
英語圏でもまともにラベルを読んだことのあるユーザーは稀なようで、やはり「読んでみた」系の記事がありましたが、反応は「やば」「クレイジー」と、まあドン引きでした。
しかしメッセージについて恐れることはないでしょう。
私は無宗教な人間ですが、E. ブロナー氏の生い立ちを併せ考えると、むしろ腑に落ちました。
E. ブロナー氏はドイツに生まれたユダヤ人であり、のちにアメリカに渡っています。
このラベルの思想には、ユダヤ教における神の律法を基本に、キリスト教プロテスタントの労働倫理が色濃く伺えます。宗教的背景に培われた自律心、探究心、道徳心、勤勉さがブロナー氏のものづくりと事業の努力を支えたことは疑いありません。
文化人類学やマックス・ヴェーバーが好きな人には興味深いところではないでしょうか。
また、ブロナー氏は、ナチスに両親を殺害される辛い経験をしています。そのため民族や宗教を超えた連帯による平和は悲願であり、全力で啓蒙するのも必然と考えられます。彼がくりかえす「All-One-God」とは、既存の一神教の枠にはまらない、より宇宙的な視点を指すのでしょう。
マジックソープは品質優良、それでいて手頃な価格で、社会的に公正な姿勢を貫いています。こうした行いは敬虔な心でもなければそうできることではありません。マザー・テレサにしてもガンディにしても、人間の献身は信仰に支えられている場合が多いものです。
起業家なども、各々独特の哲学を持っているのが常です。一般人には理解しかねる強烈な信念でもないと、大勝負を打つような真似はできないでしょう。周囲が首をかしげるくらいの変わり者こそ、商業的に成功したりするわけです。E. ブロナー氏も、精神病院に入れられたことがあるほどに、個性的な方だったようですね。
一方では、マジックソープが平和や自然に敏感なヒッピーたちに支持されたというのもうなずけます。環境問題が顕在化する20世紀後半に広まった「宇宙船地球号」という表現は、地球はひとつでありその上にいるものはみな運命共同体だとする概念で、ブロナー氏の哲学とも共鳴したのでしょう。
しかし多くの人々は彼の熱弁を聞かず、石鹸だけちゃっかり持って帰っていたとか。
英語圏では一神教的な価値観やヒッピー文化にも抵抗が少ないように思えるのですが、あの「!」の勢いでたたみかけられたら、そりゃあ、戸惑うでしょうねえ……。
でも、ソープは良いし、主張が悪質なわけでもない。
昨今の英語圏のクチコミでも、ラベルを読んで「知らなかった」「私はいったい何にお金を払ってたわけ??」とうろたえつつ、「でも……このソープは便利だし、風変わりだけど悪いことは言ってない。特に問題はないから……うん、これからも使おう」という思考回路での結論が見られました。
私自身はラベルを読み、あまりのユダヤ観に「シオニストでは?」と懸念を抱きました。今まさに深刻なパレスチナでのジェノサイドが頭をよぎり、やはり「私はいったい何にお金を払っていた?」と青ざめました。もしそうなら、書いた記事も公開できないかもしれない。
急いで調べるとしかし、ドクターブロナー社はパレスチナでの即時停戦を求めていること、現イスラエルの極右政府を批判していることが分かり、ひとまず公開に至った次第です。同社はパレスチナとイスラエルの共存を願い、平和の象徴として両農家からオイルを仕入れてソープを生産しているとのことです。
参照:
Dr. Bronner’s Calls for Ceasefire in Gaza and an End to U.S. Aid for This War
もちろん、どこの企業でも二枚舌などよくある話。
本サイトの記事はPR案件ではなく、中立な立場で書いています。
ドクターブロナー社製品の購入は一旦OKとの判断を私は自分に下しましたが、今後も確認していきたく思います。
買い物は投票ゆえ、できるだけ人道的な企業にお金を使いたいものです。
以上、初めてラベルを読んで知ったブロナー氏の理念とその考察でした。日本語訳が出まわっていないのは、日本人に馴染みの薄い世界観ゆえでしょうか。しかし一次情報にあたってこその発見がありました。
マジックソープの使い心地は、今のところ変わらず気に入っています。
参考:
Dr.Bronner’s 公式サイト
ドクターブロナー 公式サイト